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伊勢山皇大神宮[五十五カ所]  

2012年 02月 10日

『関東のお伊勢さま』と親しまれる当宮は、明治初年に国費を以て創建された神社であり、神奈川県の宗社、横浜の総鎮守とされています。かつては、久良岐郡戸部村の丘陵に鎮座されていましたが、神社名、創建年代共に不明です。
明治維新後、神仏分離、国家神道の時代を迎え、当地横浜が国の貿易の要として開港されるに及び、人々の心を1つにし、外国との国柄の違いを胸に刻み、国家の鎮護を祈る事を目的に、明治3年4月14日、時の神奈川県副知事井関盛艮氏が太政官に対し建白書を送り、『伊勢山に皇祖の御社を勧請あれば、高麗の宮殿を創立し、国家の鎮護を祈り、人民をして、崇敬胆仰せしめん』との布告を戴き、社殿を始め、境内の整備が開始されました。翌年4月15日、社殿並びに境内施設が竣工し、正遷宮が執り行われ、横浜の町を挙げての初めてのお祭りは壮大華美を極めた様子でした。また、この時、地名も野毛山から伊勢山へと変えられました。
明治5年の太陽暦採用に伴い例祭日は5月15日と改められ、戦前の御祭礼には市内官公庁を始め、会社、工場、学校に至るまで休日となり、まさに市民を挙げてお祝い申し上げたとの事です。当初の氏子総代は大谷嘉兵衛・幸兵衛、茂木惣兵衛、箕田長二郎、近藤良薫氏など、日本の経済・政界に君臨された横浜の重鎮たる人々で、以後も横浜の名士の方々が総代に就任されています。(HPより)

■神奈川県横浜市西区宮崎町64番地

この日は偶然にも演武会が行なわれていました。緊張感があって、素晴らしい光景でした。





# by zen3000ri | 2012-02-10 22:24 | 伊勢山皇大神宮

成田山横浜別院延命院[五十四カ所]  

2012年 02月 05日

成田山横浜別院は、野毛山不動尊の名で知られ、横浜開港の頃(明治3年・1870年)、易断で名高い高島嘉右衛門の協力により、大本山成田山新勝寺(千葉県成田市)の横浜別院として建立された。大本山の成田山新勝寺より分霊を勧請し、現南区西中町の普門院境内に遙拝所を設立したことに始まる。
明治9年(1876年)現在地に移り、成田山教会所と改める。その後、明治26年(1893年)成田山横浜別院延命院となる。寺号の延命院は、かつて七代目市川団十郎が天保の改革の際、江戸払いを言い渡され、しばらく居住した成田山境内にあった成田山末寺延命院のゆかりある寺号を移したものである。
本尊不動明王は、もと徳川家の秘蔵仏であったが、元禄年間成田山へ徳川家より累代祈願を懇願された際に賜ったもので聖宝(理源大師)の作と伝わる。
この境内地は、横浜開拓の恩人であり易聖と謳われた「呑象」高島嘉右衛門及び新栄講の寄進したもので、世界平和、万民豊楽を祈願している。

■神奈川県横浜市西区宮崎町30

▼この日、偶然歩いていて出会ったお寺である。子供や夫婦などの家族連れが多かったな〜。
 横浜の高層ビルを見渡せる高台にあって、懐かしさが漂う庶民的で気持ちのいいお寺であった。




# by zen3000ri | 2012-02-05 22:21 | 成田山横浜別院延命院

増上寺[五十三カ所]  

2012年 01月 13日

浄土宗 大本山(ご本尊 阿弥陀如来・南無阿弥陀仏なむあみだぶつ)

 浄土宗の七大本山の一つ。三縁山広度院増上寺(さんえんざんこうどいんぞうじょうじ)が正式の呼称です。酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)上人によって、江戸貝塚(現在の千代田区平河町付近)の地に、浄土宗正統根本念仏道場として創建されました。その後、文明2年(1470)には勅願所に任ぜられるなど、関東における浄土宗教学の殿堂として宗門の発展に寄与するところ著しいものがありました。
江戸時代の初め源誉存応(げんよぞんのう)上人が徳川家康公の帰依(きえ)を受け、大伽藍(がらん)が造営されました。以後徳川将軍家の菩提寺として、また関東十八檀林(だんりん)の筆頭として興隆しました。さらに、江戸時代総録所として浄土宗の統制機関ともなりました。
 戦災によって徳川将軍家霊廟(れいびょう)は焼失し、焼失をのがれた三門(さんもん)・経蔵(きょうぞう)・黒門(くろもん)などを含む境内は、昭和四十九年(1974)完成の大本堂とともに、近代的に整備されました。〜増上寺HPより

■東京都港区芝公園4-7-35

▼東京タワーから撮影しました。


# by zen3000ri | 2012-01-13 21:37 | 増上寺

九品仏浄真寺[五十二カ所](くほんぶつ)  

2011年 08月 21日

浄真寺の地は、もともとは世田谷吉良氏系の奥沢城であった。小田原の役後同城は廃城となったが、寛文5年(1675年)に当地の名主七左衛門が寺地として貰い受け、延宝6年(1678年)、珂碩(かせき)が同地に浄真寺を開山した。
広い境内の本堂の対面に3つの阿弥陀堂があり、それぞれに3体合計9体の阿弥陀如来像が安置されている。 この9体はそれぞれ、上品上生(じょうぼんじょうしょう)、上品中生、上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生を表し、これをあわせて九品(あるいは九品往生)という。 この九品の仏から、浄真寺は通称「九品仏」と呼ばれている。

■東京都世田谷区奥沢七丁目



# by zen3000ri | 2011-08-21 13:51 | 九品仏浄真寺

二月堂[五十一カ所](華厳宗大本山東大寺)  

2011年 01月 17日

旧暦2月に「お水取り(修二会)」が行われることからこの名がある。二月堂は平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火には焼け残ったが、寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物である。本尊は大観音(おおかんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音像で、どちらも何人も見ることを許されない絶対秘仏である。建物は2005年12月、国宝に指定された。
*華厳宗大本山「東大寺」HPから

■奈良市雑司町406-1

お水取りは感動するほど魅力的な光景だった!


# by zen3000ri | 2011-01-17 23:18 | 二月堂

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